プロフィール

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チーム・オーレのオーレこと私自身について語りたいと思います。

オーレは今年で人生半世紀になります。

大学を出て新社会人として働き始めましたが余りの労働環境の酷さに3年で最初の職場を退職します。

アウトドア、インドアを含む肉体労働系の仕事でした。

その職場は3ヶ月間休みが一切ない時もありましたし、真夏の一週間、会社に泊まり込みと言うこともありました。

当然、風呂に入っていませんから七日目にやっと帰れると電車に乗ったら周りの女性が逃げてゆくではありませんか。

そうです、真夏の一週間を風呂なしで過ごしたのだからどれだけ臭かったのでしょうね。

その他、始発で出社し終電で帰るなどは普通でした。

夏休みが秋になってようやく取れることになったら直属ではない上司から「夏休みなんて10年早いよ」と言われました。

だんだんと眠れなかったり体に痛みが出るようになりました。

それでも忙しいので医療機関にかかることは出来ませんでした。

とはいえ、さすがに体の異常を強く感じ、ある時「こんな生活でいいのだろうか?」と思い会社をやめる決意をしました。

25歳の時でした。

人生への挫折感、本当に本当に悔しかった。

そこから10ヶ月間くらいは貯めてあった貯金で生活していました。

この時は失業給付をいただいたかどうか記憶にありません。

10ヶ月もすぎると知り合いの起業家から「うちで働かないか?」と誘いがありました。

そうして東京から神奈川へ引っ越すことになりました。

神奈川での仕事はパソコンを使ったデスクワークでしたが、初めて間も無く不整脈が出るようになりました。

体もだるいし、痛みもあるということで市立病院へかかり色々な検査を受けましたが異常なしといわれました。

不整脈が出ているんだから異常なのですけれど、異常な箇所は見つからないということだったのです。

この時、初めて精神安定剤を処方されたのですが、精神の薬ということで抵抗があり飲むのをやめました。

新しい仕事も残業、残業の毎日でした。

それでも結婚を控えてひたすら歯を食いしばり働く毎日でした。

やがて結婚し、子供を二人授かりました。

オーレの体調不良と不規則な生活、子育てと妻は頑張ってついてきてくれました。

一時期は毎日、夕食を午前0時過ぎに食べる有様でした。

そんな生活が続いた末、体がどうにも言うことを聞かなくなってしまいました。

総合病院で診ていただき「心療内科に行った方が良いですね」と紹介状をいただきました。

心療内科は思ったよりも普通のところでしたが、そこであっさりと「うつですね」と診断されました。

薄々と気がついていましたがはっきりと「うつ」と言われてやっぱりなと力が抜けるようでした。

そこから闘病、働きながら、休職を挟み、入院もしました。

長期休職に入り、会社から退職勧奨され二度目の退職をします。

リハビリを続けながら様々な社会制度のお世話になり、異分野へ社会復帰をします。

ところが、そこも5年勤めましたがパワハラや仕事のブラックさでうつが再発し退職することに。

現在は貯金を切り崩しつつ起業に焦点を絞り再起を試みている次第です。

長くなりましたがリーダーのオーレのプロフィールでした。

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